標準日本語中級35-39
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39-2008/04/01 21:49
座談会
---話せる喜び---
西尾:陳さんは日本にいらっしゃって何年たちますか。
陳:4年半になります。
西尾:初めのうちはびっくりなさることもありましたてしょう。まず、料理のことから始
めましょうか。
陳:あのう。今はおいしいと思いますが、最初は味がわかりませんでした。特に刺身が食
べられなくて。赤い身はちょっと怖いみたいで、人が食べるのも見たくなかったんで
すけど。でも、何回か食べているうちに味がわかるようになりました。
團:中国人の友達が教えてくれたんですけど、日本料理は「料理」じゃない。材料がいい
から「料」である。西洋料理は、材料が余りよくないから、何とかそれを食べられる
ように煮込んだりして、料理の方法、つまり理屈が発達したから、「理」である。
「料理」というのは中国にしかございません、と言うんです。これは、本当にある一
面を突いています。
陳:なるほど。
團:日本のような小さな国は、どこにでも新鮮なものを運べるけれど、中国のような巨大
な国は、海の魚を内陸で食べることはできませんからね。
陳:ええ、内陸の山西省では、猫も魚を食べないといっていました。食べ物と言えば、日
本に来たころ、「湯」という看板を見て、スープを売っている所と思いました。男の
スープ、女のスープ、それに、松のスープ。
西尾:あっ、男湯に女湯。それに、松のスープは、「松の湯」というお風呂屋さんの名前
のことですね。
陳:ええ。おなかがすいていた時に、スープの看板を見たので、入って行こうとしたら、
主人が違う違うと荒いてて・・・。主人は日本で育った人ですから。
西尾:でも、スープだけ売っている店があるんなんて変に思われませんでしたか。
陳:でも、ここは外国ですから、どんなことがあるかわかりません。
團:陳さんは、日本語を勉強していらっしゃって、今の「湯」のお話のように、日本語の
漢字が中国と違う意味で使われていることにぶつかって、驚くかれるでしょう。
陳:ええ、ええ。
西尾:中国の方が日本語を習う時、初めは同じ漢字だから、簡単だと思って始められるん
ですけど、漢字の意味が違うことがわかると、似ているだけにかえって難しいと思
い始めるようですね。
團:それは、僕のように、日本人で中国語を勉強している場合にも当てはまりますね。
西尾:漢字をつい自分の国の意味で読んでしまうから。
團:それと、もう一つは、音よりも文字に頼りすぎる。
西尾:テキストを読むとき、意味を類推しながら読む。そして、会話をする時も、一応字
を頭に並べてみる。
團:そう、日本の漢字を並べて、それを中国語の発音で読んで、できた、と思ってしまう。
会話に字は要らないのに、獏の頭の中では要る。結局、頭の中で一度字を並べて、それ
を翻訳するから、早い会話には間に合わなくなる。おそらく欧米の人たちは、字に頼
らないから、音から入るんじゃないですか。
陳:そうですね。
團:だけど、日本人は字から入る。それは、利点であると同時に隘路になる。これは、中
国の方が日本語を習う場合も同じですね。
陳:でも、字を知らないと覚えにくいです。音だけで覚えた言葉では、たびたび失敗をし
ました。ケッコウと言うところを、コッケイと言ってしまったり。それからくちべに
を買う時、「クチビルをください。」と言ってしまいました。
西尾:ご無事でしたでしょうね。(笑い)
陳:けれど、わたしも、今も日本の文字を意識的に読まないようにしているんです。
西尾:日本の文字を中国語で読んでしまう弊害を避けるためですか。
陳:ええ、今はその過程にいると思います。
團:ぼくが中国語を勉強していて、もっとも苦労するのはやはり四声ですね。あれだけ声
調があることね。でも、中国語を陳先生に教えていただいているおかげで、日本語の
上がり下がり明確にわかるようになりました。これは、ぼくの仕事で、歌を作る時に
特に大切なことなのです。
陳:あっ、そうですか。でも、團さんの声調は上手です。やっぱり音楽家だから。
西尾:耳がいいと言うことは、言語習得には有利ですよ。
團:いやあ、耳がよくても記憶が悪いから・・・。ただ、語学というものは、とってもう
れしいものですね。最初、中国に行った時、僕は何もわからなかったんです。でも、
陳先生に習い始めてから、だんだん人が何を話しているかと言うことがわかってきた
んです。
西尾:たとえ自分がその会話に参加できなくても。
團:ええ、わかるというだけでうれしい。それが少しずつ参加できるようになってくる。
そうすると、いかに上手な通訳さんがいでも、直接話したほうが、人間と人間のコ
ミュニケーションができるんですね。たとえ下手でも。
西尾:そうですね。ところで、今、中国ではたいへん多くの人たちが日本語を勉強してい
ますね。一説には日本語の学習人口は100万人くらいだとか。
陳:いいえ、200万人以上でしょう。ラジオ講座のテキストが出ると、すぐ売り切れしま
います。必要があればあるほどよく勉強します。
團:「必要なき所に進歩なし。」ですね。
西尾:とこらで、日本でも、陳さんのテレビ講座やラジオ講座で中国語を勉強している人
が、やはり100万人以上はいるんじゃないですか。やはり社会的に必要だということで。
陳:ええ、あるいは本当に興味があるから。
團:やはりそれは、いかに多くの日本人が中国との友好を求めているか、という表れで
しょう。そして、中国の方が日本語を勉強なさるのは、友好と同時に、近代化への必
要性を求めているからでしょう。
陳:そうです。
團:やはり、国同士に友好の意欲がある時には、相互語学が盛んになる出よう。国同士が
互いに魅力を感じあう時は・・・。
陳:ええ、ええ。ですから。これから、日本語を話せる中国人と、中国語を話せる日本人
が、どんどん増えるでしょう。そうして、お互いに直接、交流できるようになるのは、
本当にいいことですね。
西尾:そうですね。本当にすばらしいことですね。
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38-2008/04/02 9:55
日本語と国際交流
宮地
教えることは教えわることだと言うが、日本語を外国人に教えてみると、彼らから日
本語について教えられ考えさせられることがよくある。
「先生、日本人、『さよなら』って言いませんね。」
「えぅ?」
「good-byeのことですよ。人と別れる時、『さよなら』っていうのでしょう。国で習
いました。」
「いや、『さよなら』っていいますよ。」
「でも、学生たち、使いませんね。」
「何ていいますか。」
「バイバイ。」
なるほど、親しい者同士、特に若い人たちは「バイバイ」とか「バイ」とか言って、
手を振って別れることが多い。年輩の私などでも使うことがある。幼児に向かっては当然
のように言う。一般の辞典の中には、「バイバイ bye-bye (俗語)[もと、幼児語]さよう
なら」と解説するものもあるが、掲出していないものもある。日本語の教科書にも、普通
は出ていない。いわゆる教室日本語と生活日本語の違う所なのである。
「先生、『はい』と『ええ』と、どう違いますか。」
「『はい』のほうが丁寧な返事ですね。」
と答えたものの、それだけかな、ときになった。それで考えてみて気がついた。これ
は案外大事な問題のようだ。
まず、「はい」も「ええ」も肯定の返事に使える点では共通している。
「お土産に果物を持っていって上げようか。」
「はい、持ってきて下さい。」
と言う時の「はい」は「ええ」と言える。「はい」のほうが少し丁寧、あるいは、か
しこまった感じがあるだろう。
「作文、もうできた?」とか、「あしたの会に出ますね。」とか、「旅行、すきですか。」
などと聞かれたときにも、「はい」「ええ」の両方が使える。ところが。
「そこにいるのはだれ。」「はい、三郎です。」
と言う時の「はい」を「ええ」と言うのは変である。
「おはようございます。」「はい、おはよう。」
「じゃ、さよなら。」「はい、お気をつけて。」
などの「はい」を「ええ」と言うこともできないだろう。
これらから考えて、次のようなことが言えるのではないかと思う。
「はい」は、相手の言葉を受け止めたと言う意味の返事なのに対して、「ええ」は、
相手の言葉を受け止め、さらにその内容を承認し肯定すると言う意味の返事である。「だ
れ?」とか「いつ?」とか、聞かれた時に、その内容を承認するとか肯定するとかいうこ
とはあり得ない。だから「はい」は使えるが、「ええ」は使えない。「おはよう」とか、
「さよなら」とか、あいさつされた時にも、その内容を承認するとか肯定するとか考える
こと自体、変なものだ。だからこの場合にも「ええ」は使えない。
先に、「はい」も「ええ」もともに使える場合は、「肯定の返事」として「共通して
いる」と言ったが、これは、「はい」が文脈上、自然に肯定の意味をも表すようになって
いる場合なのだ。
ここまでが私の一応の結論だったのだが、しかし、さらに考えてみると、「はい」に
も「ええ」にも、返事ではなくて相づちを打つ用法があって、紛らわしい。承認してくれ
た返事、肯定の返事だと思ったものが、単なる相づちだったとしたら、たいへんな誤解を
生むだろう。欧米人は、あまり相づちを打たないで相手の言葉に聞き入る傾向がある。相
づちを打つにしても「yes」の類は使わないようだ。そのため、欧米人から、「日本人は
よく『yes』『yes』と言うけれども、実は、肯定しているわけでも、賛成しているわけで
もない。言うこととすることが違う。」と非難されることがある。相づちの「はい」も「
ええ」も『yes』に当たると思って気楽に『yes』を使うことが、国際的な不信感を生むも
とになる。場面にもよるのだろうが、軽々しく『yes』を使ってはならないのだ。
「先生、『夢を見る』は慣用句ですね。」
と言われてはっとした。慣用句の問題を、留学生を交えた教室で話し合っている時に、
ある中国人留学生が聞いたのである。
慣用句は「決まり文句」の一種だが、例えば、「羽を伸ばす」は、鳥がのびのびと羽
を伸ばすと言うもとの意味から離れて、人が制約を脱してのびのびとする。気ままに振る
まうと言う意味に使われる。このような比喩的な慣用句には、「腹が立つ」(怒る)、「
心を打つ」(感動する)、「鼻にかける」(自慢の種にする)などがある。
これらに対して、ごく普通の決まった言い回しの慣用句がある。「電報を打つ」「い
やきがさす」「気がつく」などである。これらは、比喩的な慣用句とは違って、もとの意
味を失っていないが、語と語の結び付き方が決まっているものである。「夢を見る」もこ
のたぐい慣用句だというのである。われわれ日本人にとって、「夢」は「見る」以外のも
のではない。「いやな夢を見た。」「夢に母を見た。」などとつかう。「夢のない時代」
「夢と知っていながら」などとも使うが、その「夢」自体、「見る」ものと思い込んでい
る。あまりあたりまえできがつかないでいたのである。
「中国語では『夢をする』( )と言うんです。「夢を見る」と言わないので、
おもしろいと思いました。」とその学生が付け加えた。数か国の留学生に聞くと、中国語
式の言い方をする言語もあるし、英語の”dream”のように一語で表す言語もある。日本語
式に「見る」を使う言語もある。いろいろだということを教えられた。
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37-2008/04/03 19:43
小さな出来事
魯 迅作
竹内好訳
私がいなかから北京へ来て、またたく間に6年になる。その間、耳に聞き目に見た国家
の大事なるものは、数えてみれば相当あった。だが私の心にすべて何の痕跡ものこしてい
ない。もしその影響を指摘せよ、と言われたら、せいぜい私の を募らせただけだ-ー
もっと に言うと、 しにを私を人間不信に陥らせただけだ、と答えるほかない。
ただ一つの小さな出来事だけが、私にとって意識があり、私を から引き離してくれ
る。今でもを私はそれが忘れられない。
それは、民国6年の冬、ひどい北風が吹きまくっている日のことである。私は生活の
必要から、朝早く外出しなければならなかった。ほとんど人っ子一人歩いていなかった。
ようやく人力車を1台つかまえ、S門まで行くように命じた。しばらくすると北風がいくら
か小やみになった。路上のほにりはすっかり吹き清められて、何もない大道だけが残り、
車はいっそうスピードを増した。やがて門に行き着こうとするころ、不意に車の梶棒に人
が引っ掛かって、ゆっくり倒れた。
倒れたのは女だった。髪は まじり、服はおんぼろだ。いきなり歩道から飛び出て、
車の前を横切ろうとしたのだ。車夫はかじを切って道をあけたが、綿のはみ出た袖なしの
上着にホックがかけてなかったために、微風にあおられて広がり、それが梶棒にかぶさっ
たのだ。さいわい、車夫が早く車を止めたからよかったものの、そうでなかったら、ひっ
くり返って頭を割るほどの事故になったかもしれない。
女は地面に伏したままだし、車夫も足を止めてしまった。私は、その老婆がけがした
とはおもえなかったし、ほかにだれも見ていないのだから、車夫のことを、おせっかいな
やつだと思った。自分からいざこざを起こし、そのうえ私にも迷惑がかかる。
そこで私は、「何ともないよ。やってくれ。」と言った。
しかし車夫は、耳も貸さずに--聞こえなかったのかもしれないが--梶棒を下りろ
して、老婆をゆっくり助け起こし、腕を支えて立たせてやった。そして尋ねた。
「どうしたね。」
「けがしたんだよ。」
私は思った。おまえさんがゆっくり倒れるところを、この目で見たんだぞ。けがなど
するものか。狂言にに決まってる。実に憎いやつだ。車夫も車夫だ。おせっかいの度が過
ぎる。それほど事を構えたいたら、よし、どうとも勝手にしろ。
ところが車夫は、老婆の言うことを聞くと、少しもためらわずに、その腕を支えたま
ま、一足一足歩き出した。私はけげんに思って前方を見ると、そこは派出所だった。大風
のあととて、外は無人だった。車夫は老婆に肩を貸して、その派出所を目指した。
この時ふと異様な感じが私をとらえた。ほこりまみれの車夫のうしろ姿が、急に大き
くなった。しかも去るにしたがってますます大きくなり、仰がなければ見えないくらいに
なった。しかも彼は、私にとって一種の威圧めいたものにしだいに変わっていった。そし
てついに、防寒服に隠されている私の「卑小」を絞り出さんばかりになった。
この時私の活力は、凍りついたように、車の上で体動きもせず、ものを考えもしなか
った。やがて派出所から巡査が現れたので、ようやく車から降りた。
巡査は私のところへ来て言った。「ご自分で車を拾ってください。あの車夫は引けな
くなりましたから。」
私は反射的に、外套のポケットから銅貨をひとつかみ出して、巡査に渡した。「これ
を車夫に・・・・・・。」
風はまったくやんだが、通りはまだひっそりしていた。私は歩きながら考えた。しか
し考えが自分に触れてくるの自分でも怖かった。さっきのことは別としても、このひとつ
かみの銅貨は何の意味か。彼へのほうび?私が車夫を裁ける?私は自分に答えられなかった。
この出来事は、今でもよく思い出す。そのため私は、苦痛に耐えて自分のことに考え
を向けようと努力することにもなる。ここ数年の政治も軍事も、私にあっては、子供のこ
ろ読んだ「 、詩に云う。」と同様、ひとつも記憶に残っていない。この小さな出来
事だきが、いつも眼低を去りやらず、時には以前に増して鮮明に現れ、私に恥を教え、
私に奮起を促し、しかも勇気と希望を与えてくれるのである。
1920年7月
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36-2008/04/06 11:14
ミニヤコンカの奇跡
中国、四川省にあるミニヤコンカは標高7556メートル、青空に浮かぶその は、風
にたてがみをなびかせる白馬にたとえられるほど、美しい山である。しかし、いつも美し
い山だとは限らない。いったん天候が崩れると、それはたちまち荒々しい魔の山と化す。
これまで、実に多くの登山家の命を奪ってきた恐れるべき山である。
1982年春、7名の日本登山隊がこのミニヤコンカに挑戦した。登山隊は、じゅうぶんに
準備を整えたうえで、気圧の低い高山に体を慣らしながら、ミニヤコンカに挑んだ。そし
て、二人の隊員が、いよいよ頂上を目指すことになった。
二人は、順調に頂上へ近づいていった。しかし、頂上まであと50メートルを残すばか
りとなったところで、突然天候が崩れた。二人の登頂を阻むかのように、風が雪を舞い散
らし、ガスが視界を閉ざした。
二人は登頂を断念し、天候の静まるのを待って、下山することにした。しかし、天候
はいっこうに回復する気配を見せなかった。 で野営するうちに、食糧も尽き、疲労が
しだいに二人の体をむしばんでいった。そのうえ、トランシーバーが凍りついて、ほかの
隊員との連絡も絶たれてしまった。
二人は互いに励まし合いながら、下山の機会をうかがった。数日が経過して、わずか
な晴れ間がのぞいた。この時だとばかりに、二人は気力を振り絞って山を下り始めた。
しかし、体力を消耗し尽くした二人の足は、思うように進まなかった。わずか1時間で
登って来たところが、降りるのにまる1日もかかった。そのうちに胃が食べ物を受け付けな
くなり、手足の先が凍傷のために感覚を失って動かなくなった。とうとう二人が力尽きて
倒れ、二人のうち一人は永久に帰らない人となった。
だが、一人は、重傷を負いながらも、かろうじて一命を取り留めた。奇跡的な生還を
果たしたその人の名は、松田宏也さんと言う。
松田さんが助かったのは、薬草を取りに来た4人のイ族の農民のおかげだった。海抜
2940メートルまで下りてきた松田さんは、小川のほとりで倒れ、そのまま体を動かすこと
もできなかった。その時、松田さんの耳に人の話し声が聞こえ、目の前に何人かの人の顔
が現れた。のちに、松田さんの母親が「生き神様」と呼ぶ、毛光栄さん、 明全さん、毛
均さん、 紅軍さんのかおであった。
4人は、松田さんを近くの山小屋まで運び、火を起こして温かい塩水を飲ませ、介抱し
た。そして、 明全さんと毛光栄さんの二人が、すぐに山を下りて公社に報告した。この
急報をうけて、100人以上の救急隊が出動した。そして、100キロの山口を一昼夜まず松田
さんを移送し、 の病院に担ぎ込んだ。
62キロあった松田さんの体重は、病院に担ぎ込まれた時、32キロしかなかった。さら
に、診断の結果、両手両足の凍傷のほか、全部で16もの病名が付けられた。まさに の
状態であったのだ。早速手術が行われたが、この敏速な処置が、死の をさまよっていた
松田さんをよみがえらせたのである。
松田さんが助かったのは、奇跡というほかはなかっか。もし、4人のイ族の農民に巡り
会わなかったとしたら、また、多くの人たちの敏速で献身的な行動がなかったとしたら、
松田さんは間違いなく命を落ちとしていただろう。
その後、松田さんは、成都の四川医学院付属病院に運ばれ、無償の手厚い治療と看護
を受けて、日本に帰国できるまでに回復した。
今、松田さんは社会復帰を果たし、元気に暮らしている。両手の指と両足を失った松
田さんだが、義足がその体をしっかりと支えている。そして、同時に、中国のたくさんの
人たちの愛情が、その心を強く支えているのである。
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35-2008/04/06 13:40
日本人と仕事
張:昨日の夕刊の記事、読んだかい。アメリカ人の84パーセントが自分の仕事に誇りを持
っていると答えたのに対して、日本人で同じように答えた人が何人いたと思う。たっ
た37パーセントだよ。
山田:そんなことがあろもんが。だって、日本人は勤勉すぎるって、欧米の批判を受けて
るくらいだよ。
田中:確かに、山田君の言うとおりだね。でも、あのアンケートの結果も、まんざら事実
と違うとは言い切れないね。
王:それは、どういうことですか。
田中:つまりね、同じアンケートの質問に答えるにしても、失業率の高いアメリカと、ご
く低い日本とでは、ずいぶん状況が違う。職業に対する誇り、とひとことで言って
も、とらえ方が違って当然だね。
張:なるほど、それもそうですね。でも、以前は働きバチにたとえられた日本人の職業観
も、ずうぶん変わったみたいですね。
佐藤:本当ね。今じゃあ、仕事を離れた自分の時間を、大切にしている人が多いわ。仕事
に明け暮れないで、趣味を広く持つことを、国が奨励しているくらいですものね。
山田:それだけ日本が豊かになったっていうことかな。でも、皮肉だね。この豊かな社会
の地盤を作ってくれたのは、働きバチと呼ばれた人たちなんだからね。
張:でも、外国人のぼくから見たら、今でも日本の人はよく働いているよ。いろんな日本
の企業を見たけれど、機械化の進歩以上に驚いたなあ。
王:わたしは女だから、どうしても、張さんとは見方が違ってくるけど、わたしがいちば
ん驚いたのは、仕事に対する女性の意識ね。
佐藤:どんなところ。
王:つまりね。中国と違って、必ずしも全員が仕事を持たなくてもいいわけでしょう。特
に、若い女性は、はっきり2通りのタイプに分かれているように思うの。社会に出て、
男性に負けないくらい、張り切って仕事をする人と、家庭で家事に専念することを希
望している人とに・・・・・・。
佐藤:王さんはさすがに女性だけあって、見方が鋭いわ。その通りなのよ。でも、家事に
専念したいっていう人が多いのは、今の社会のあり方にも原因があると思うわ。日
本の社会は、まだまだ男性中心で、女性はなかなk自分の思いどおりの仕事に就け
ないのが現実ですもの。
山田:それは、何も女性に限ったことじゃないさ。男のぼくたちにしたって、もう学歴だ
けで好きな仕事に就ける時代じゃないよ。男だろうが、女だろうが、条件はあまり
変わらないんじゃないか。
田中:佐藤さんは、どうなのかな。王さんの言うどちらのタイプかな。
佐藤:わたしは、もちろん社会に出て、自分の能力を思い切り試したいですわ。結婚した
あとも、相手の人が賛成してくれたら、続けて生きたいです。
山田:だけど、仕事と家事の両立は簡単じゃあないよ。日本の多くの男は、結婚するとす
れば、しっかり家庭を守ってくれる女性を望んでると思うな。
佐藤:まあ。山田君って、意外に古いのね。そんな人に、お嫁さんが来るかしら。
張:佐藤さん、そんなにむきになるなよ。まるで、将来のだんな様と言い争いしてるみた
いだよ。
佐藤:張さんまで、からかわないでよ。今は、まじめなお話をしている最中よ。
田中:まあまあ、やめなさいよ。いずれにしても、みんな、これから進路を決めて、社会
に出て行くんだ。人生の選択は、真剣に考えて考えすぎることはない。佐藤さんも、
仕事を持つにせよ、専業主婦になるにせよ、自分が納得する道を進むのがいちばん
じゃあないかな。
王:そうですね。自分が納得して決めるというのがいちばん大切ですよね。自分の人生な
んですもの。
田中:そのとおりだよ。ただ、企業の中にいる人間としていわせてもらえば、今まで男性
中心だった日本の社会も、かなり変わりつつあるね。女性ならではのアイデアやセ
ンスをもっと取り入れたいと考える企業が増えているんだ。だから、これからは、
さまざまな仕事に女性の存在は欠かすことのできないものになってくると思うよ。
張:そうですか。それはいいことですね。職業に対する見方も変わってきたし、男性と女
性の役割についても、見方がずいぶんかわってきたわけですね。
标签: Japanese

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